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sakiblog

双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

母の手術は朝8時半からだった。かかる時間は3時間半と聞いていたから、丁度正午くらいに終わるのだなぁと思いながら、父と家族待ち合い席に着いた。
待ち合いには、小さな液晶テレビと、申し訳程度の古雑誌が置いてあった。あたしも父も暇潰しの道具は持ってきていたから、それらはちらりと見てみただけ。居心地は悪くは無かった。
父とは折り合いが悪いわけではなかったが、単に都合がつかずに会えないことが多かった。しかも、母がおらず二人きりとなると、あたしの結婚以来初めての機会であった。
父はこれまでの抗がん剤治療を振り返っていた。あたしに手帳を見せながら、これが最初の検査の日、これが投薬を始めた日……と。母の乳がんが発覚して6ヶ月。父にとってはどんな道のりだったのだろうか。
手帳には、祖父母の家のことも書かれてあった。祖母が亡くなり、一人になった祖父の介護の手続き関係を、父はいくつか引き受けていた。エアコンや空気清浄機といった家電類も父が用意したのだが、祖父は使い方がまるで解っておらず、コンセントを抜いてしまうのだと嘆いていた。
ところでサキはいつ復職するんや、と聞かれたので、ありのままを伝えた。主治医からは来年1月からのオーケーが出たが、会社からは4月からと言われており、まだ調整がついていないと。父はどちらの案に賛成するでも無く、休職制度を使うことに後ろめたさを感じすぎると上手くいかなくなる、割りきって利用しろ、というようなことを言ってくれた。そういえば、父はうつ病になっても休職しなかった。もう10年以上前のことだ、まだ制度が整っていなかったのだろう。妙な言い方だが、今の時代に病気になってまだマシだった。双極性障害という単語は浸透していないが、精神病について世間が比較的寛容になりつつあるから。
そうして話し込んでいると、時間の経つのは早かった。正午過ぎに医師に呼ばれ、手術の結果を聞いた。無事に成功していた。
運ばれてきたばかりの母の顔が、死人のようで一瞬ぎょっとしたが、足をパタパタ動かしていたので安心した。しばらくして、話せるようになったときに、手術中は夢を見た?としょうもないことを聞いた。見たような気がする、と母は微笑んだ。