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sakiblog

双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

その店に一人で行ったのは初めてだった。場所がどうにも分かりにくくて、誰かと一緒でないとたどり着けなかったからだ。セブンイレブンの角を北に曲がる、それだけのことなのに。ともかくその日は無事に到着し、四時間ほどそこに居た。客はあたしだけで、マスターとじっくり会話ができた。
何の話をしただろう?あたしは別に、バーへ人生相談のために行くわけではないし、そういう場でさえも、他人の話を聞くことの方が好きなのだ。だからよく喋るマスターの方がいい。親からも、友人からも、会社の先輩からも聞けない話を聞けるから。カレンダー通りの生活を送るあたしにとって、夜行性の人の生活は小説よりも面白いのだ。
カツヤはその日別な飲み会だった。早く終われば合流するとのことで、だからあたしはバーで時間を潰していたのだ。終電間際になって、今日は無理だと返答がきて、それなら他の人を誘ったのに、とあたしは憤慨した。23時半に召集をかけて来てくれる知り合いなんていない。
マスターにそのことを告げると、サキちゃんは優しすぎると言われた。友達に甘いと。甘えさせていると。それは恋人に対しても同様。酒も四杯目になってから、あたしはサクのことを話し出した。
カウンター越しの会話というのは、自分はオフだが、相手はオン。店員と客、そう、どこまでも他人なのだ。だからこそできる話というものがあって、少なくともあたしはそれに救われている。マスターは言った。彼氏は甘い、サキちゃんは甘えさせすぎている、と。
その自覚はある。あたしは自分のことを棚に上げて、他人の世話をするのが好きだ。そうして駄目にする。何回も何回も、同じことを繰り返している。あたしと別れてから、自分の世界を持って、成長して、素敵になっていった男は多い。一つ前――ナオトも、そうだ。彼はあたしと付き合ったままだったら、今の会社に入れてはいないし、あんなに素敵な男性にはならなかった。
サクはどうだろう?別れて突き放すことで、彼のためになるのだろうか。そうした別離に意味があると思えるのなら、とっくにそうしている、もう二年ほど経つから。しかし、あたしはそうしない。歳を取って、保守的になったせいだろうか、ご両親に挨拶を済ませてしまい、外堀が埋まっているからだろうか。
難しく考えない方がいい、とマスター。しかし、「良い加減」に考えなくてはならないと。ああ、そうだろうよ、とあたしは頷いた。未来をあれやこれや妄想して足踏みするのは可笑しいけれど、現状から目を反らすのはもっと駄目なのだ。
仕事のこと、お金のこと、親族のこと。サクはサクで、あたしはあたしで、切り離して考えなければならない。分かっているようで、解ってはいないのだ。渦中にいるから。当事者だから。そしてマスターは、また飲みにおいでと言ってくれた。本日のお会計は3900円。他に客が来なければ、売上はたったこれだけだ……ふいに、そんなことを思う。これが水商売というやつだ。
終電を待ちながら、それでもあたしは他に誰かいないか思案した。柳くんは駄目だ。この前会ったところだから。呼べば恐らく応えてくれるだろうが、あたしにその気がなかった。数ヶ月に一回のペースがいいや、彼はそんな人である。
地元に着くと、土曜日の雪がまだ溶け残っていた。今更電話してもサクは寝ている。他に相手をしてくれる人も見当たらない。もし今結婚していて誰かと住んでいたら、こんな無茶はしない。朝の八時、さすがに昼までには帰らないと嫁が怒る、とぐったりしていた彼のことを思い返す。
ああ、話をしないと。腹の奥底にこびりつく。、あたしはサクと、きちんと話をしなければならない。彼に目標が無いことを罵るのではなく、目標をあたしが奪ったかもしれないことを反省せねぱなるまい。昨日今日出会った仲ではないのだ、彼に不満があるのなら、それはあたしにも原因が、落ち度がある。対話をしなければ、ならない。
雪を蹴る。凍っていて、硬い。カツヤからは連絡がこない。もういい、と拗ねている。