sakiblog

双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

 サクの実家へ行った。付き合っている男性の家に行くのは五回目なのに、今回だけはやけに緊張していた。ただの彼女の分際で、新年にお邪魔していいものなのかと、不安で仕方がなかった。親御さんの他に、サクの弟とそのお嫁さん、叔父さん、そして幼なじみの一家が大集合。彼の親しい人々に一気にご挨拶できるという利点はあるが、そこはかとない疎外感である。あたし一人、全くの余所者なのだから。しかも、サクがあたしの存在をつい最近まで隠していたせいで、彼らはあたしの前情報をほとんど得ていない。結婚が決まったわけでもあるまいし、本当にあたしなんかが加わっていいものなのか、直前まで考えあぐねていた。
 まあ、お邪魔してしまえば、緊張はどこかに飛んでしまった。初対面のお客さんということもあるが、皆さんとてもよくしてくれたのだ。サクはずっとあたしの側にいて、何かと気遣ってくれた。あたしはすっかりくつろいでしまって、帰りたくないとさえ思ったくらいだ。生まれて初めて人生ゲームをしたし、美味しいご馳走とコーヒーを頂いた。遅くなるといけないので、あたしは一人先に失礼して、サクに車で送ってもらった。そして、車内であたしはわんわん泣いてしまい、彼を困らせた。楽しすぎたのだ。あたしは嬉しいことがありすぎると涙腺が崩壊する。あたしは自分の家族と彼の家族を比べていた。当然だが、色んなことが違った。
 あたしの家族は、典型的な日本人一家である。父は公務員で母は専業主婦。一人娘が四年制大学を出て、(多少時間はかかったが)有名企業に就職できたことが誇りだ。祖父母の家に行くと、あたしは毎回褒められる。素晴らしい肩書きを手にしたからだ。叔母ですら、パート先であたしのことを自慢したのだという。さらに、他人の話をするときも、あの人はどこの大学を出て、どこに勤めていて、から始まる。あたしの家族の中で、その人が立派かどうかは、肩書きでほぼ決まっているようなのだ。あたしは肩書きどころか、安定した職も技能もない男性と付き合いだした。そのことで、あたしは自分の家族と上手く行かなくなってきた。けれど、彼の家族は、あたしの肩書き以外のことに興味を持ってくれていた。それがどんなに有り難くて、暖かいと感じたかということを、あたしは泣きながらサクに話した。
「何度も言ってるけど、自分が悔いのないよう生きたらええねん。サキちゃんの人生は、サキちゃんのもんやねんから」
 彼は道徳の先生みたいなことを言った。それが彼の価値観だ。あたしもそれに同意したいのだが、どうしても納得できないでいる。自分の家族のために、しっかりした肩書きを持つ男性と結婚して、早く子供を産むことが、あたしの責務だと考えているのだ。そんなもの、放り出せばいいと思う時もあるのだが、この考えはどうにも離れない。そのせいで勝手に辛くなったりイライラしたりするのだから笑えない。
 帰宅して、いつも通り母と会話したのだが、なぜだかうんざりした気分になった。自分の家族は、何て浅ましくて醜いのだろうと。あたしだって好きなように生きたいのだ。このままじゃ、そうできない気がした。