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sakiblog

双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

 休日の朝、目覚ましを止めてまどろんでいると、コウさんから電話があった。そしてそのまま会うことになり、プリーツスカートにアイロンをかけて出掛けた。
 コウさんは会社の同期で、少し歳上の男性だ。あたしは彼になついていて、冗談半分で食事に誘ったこともあったが、妙に冷たくあしらわれていた。その理由は後でわかることになる。
 ケーキとコーヒーを消化するまでは、お互いの近況、つまりは仕事の話が主だったのだけど、やがてコウさんの彼女の話になった。それは彼があたしを呼んだ本当の目的だった。彼はメンヘラに好かれやすい男性であり、そのことで相談を持ちかけてきたのだった。
 結論から言うと、あたしはコウさんに別れを勧めた。彼がここで突き放さなければ、二人とも不幸になるだけだと思った。彼女はかつてのあたしであり、彼女が考えていること、行動の理由はよくわかる。残酷なことを言うけど、彼女はコウさんじゃなくてもいいんだよ、切られてもすぐに別の男を頼るはずだよ、そう口にすると、彼は諦めたように大きく笑った。俺もそれをわかっている、と。
 コウさんは、終わらせることを決意したが、やはり腰が重いようだった。今思えば、あたしを振ったあの時の恋人は、本当に凄い人だった。別れたくないと泣いて叫ばれて、それでも意志を翻さなかったのだから。メンヘラに好かれやすい 男性の弱みが、ここにある。すがられると、手を差し伸べずにはいられないのだ。自分のことを第一に考えなよ、とあたしは言った。他人に尽くすことでしか、 自分を癒せないのも問題だ。
 幸いコウさんは、今は眼鏡が曇っているだけで、彼女と別れれば明るい道を歩けると思う。彼が暖かい家庭を持ち、妻や子に語りかけている姿を想像して、あたしは微笑んだ。しかし、彼が発した次の言葉で、あたしは顔をひきつらせた。


「どうしたら普通の子と付き合えるかな?」


 それは、あたしが最も心をえぐられるフレーズだった。コウさんも、あたしの表情の変化を見て、しまった、という顔をした。


「お願いやから、彼女にその言葉は言わんといてあげて」


 彼女は、昔のあたしと同じだ。自分自身で対処法を編みだし、男性を傷つけまいと努力する以前の。だから、よくわかる。その一言が、どれだけ辛く苦しいかということを。今でこそ、過去の自分は酷い女だったと笑っているあたしだけど、それを言われると手が震えそうになるのだ。
 それに、メンヘラを惹き付ける男性が、どうすれば「普通の子」と付き合えるのか、あたしには見当もつかなかった。昔の恋人も、あたしの次にもっと重症な女の子と付き合っている。危ない匂いを感じたら逃げろ、経験上、そういう勘は鋭いはずだ、それくらいしか言えなかった。
 そういえば、コウさんはあたしがそういうタイプだと気付いていたかと質問した。やはり、解っていたとのことだった。サクと付き合う直前、精神科の通院歴があ ることを打ち明けたとき、彼は非常に驚いた。普段のあたしからは、全くそんな過去が想像できなかったらしい。その点、メンヘラに慣れているコウさんはさす がと言うべきか、早い段階でそれを確信していたとのこと。だから、距離を置いていたらしい。
 いつかの飲み会の帰り道を思い出した。酔いを言い訳にしたあたしは、コウさんに少し甘えた。仕事でキャパオーバーを迎えていたあたしは、彼を利用しようと考えていた。大体克服したとはいえ、メンヘラ気質であ るあたしは、どうしたって彼のような男性に惹かれるのだ。自分の彼女で精一杯、二人も相手できないと思った彼は、あたしを突き放した。
 裏を返せば、彼女がいなければコウさんはあたしの相手をしたのだろうか?それを思うと背筋が寒くなる。結局あたしは、標的を他に移したわけで、やったことは同じだ。つい誰を使ったのか言いそうになったが、そのタイミングではないと思い直した。

 短い夕食を採った後、書店に行った。あたしは精神病理関係の本を読み漁った時期があり、それが現在役に立っている。コウさんのように、恋人がメンヘラである 人向けの本もあるはずだと探し、ぴったりのものがあったので見せてみた。今回のあたしとの対話と、本の解説。一気に情報を得た彼は、どこかすっきりした様子だった。
 あたしはコウさんに感謝された。確かに、今回の相談はあたしが適任だった。こんな自分でも、役に立つことがあるのだと思い不思議な感覚に陥った。彼が今後、「普通の子」と巡り会えることを切に願う。