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sakiblog

双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

今週のお題「名前」

今週のお題「名前」

 

 今のハンドルネームに落ち着いたのはいつだっただろう、随分前のような、そうでもないような。高校生の時にネットに触れたあたしは、いくつもの厨二的な名を名乗っていた。その香ばしい思い出のせいで、一般的な女性名が一番という考えに達した。それでサキ。水山という適当な苗字にも、特に意味は無い。

 本名には、後付け設定も含め、様々な意味が込められているようだ。画数もきちんと考えられているらしい。読みはよくある女性名。性別を間違われるなどの不利益も被ったことが無い。しかしながら、字面がどうにもきらびやかすぎて、鬱陶しくなることがある。スワロフスキーのラインストーンのよう。あたしはそういうのが大嫌いだ。

 そんなわけで、友人には苗字から派生したあだ名を呼ばせている。高校、大学、社会人と段階を経るごとに、そのあだ名も変化していき、五段階活用できるほどになった。戸籍上の苗字が変わっても、会社では旧姓使用を申し出ようと思うくらい、気に入っている。

 それでも恋人同士になると、あだ名で呼ばれるのはよそよそしい感じがするし、相手だってそうだ。結婚しても、夫を役職名で呼ぶ女性を知っているが、あたしはそこまで頑なではない。なので名前で呼ばれることになるのだが、男性にとっては、ある種の特権を経たような気になるらしい。この名前で呼ぶのは恋人である自分だけだ、という風に。いつの恋人だったか、誰かがハッキリそう言うのを聞いて、みみっちい優越感だと思った記憶がある。

 まあ、我が振りを見てみると、あたしだって同じことをしている。気に入った相手には、他で呼ばれていない呼び方を作って、勝手に呼んでいる。その内に、あたしが作った方が定着することもあり、他人がそれを使っているのを聞くと少し憤慨する。

 今の恋人にも、あたしだけの呼び方を作った。誰に取られるわけでもないのに、二人でいるとき以外はその呼び方をしないという徹底ぶり。完全なる自己満足、自己完結。名前を得たからといって、自分の所有物になるわけでもないのにね。