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双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

不倫

ツイッターを始めて一年くらいになる。
同じ病気の方や、趣味の繋がりの方、沢山の方にフォローして頂いている。
そんなフォロワーさんたちが減ることを覚悟で、あたしの現状を綴る。
あたしは不倫をしている。
それも一人や二人では無い。何人もの男性とだ。
このことを知っているのは、馴染みのバーのマスターだけ。夫は勘づいているかもしれないが、よく分からない。
会社の飲み会行ってくるね。そんな嘘を重ね続ける。帰ると夫は温かく出迎えてくれる。今日は楽しかったか、と。
あんなに優しくて思いやりのある夫が居ながら、なぜ不倫をするのだろう。それをマスターに聞くと、生来のものだと一蹴された。マスターも不倫をしている。起きたら歯を磨くように、当然のことだとして。
不倫は家庭を壊す。実際、あたしも一つの家庭をぐちゃぐちゃにした。それでも止められない。罪悪感がとうの昔に吹き飛んでしまった。
本当は止めたいのだ、こんなつまらないことは。それでも求めてくれる男たちの肌が心地よくて、快楽に負けてしまう。ごめんなさいでは済まない。そんなことを解っていながら。
いつもスプモーニばかり頼むあたしにマスターは言う。それでいい、好きな酒を頼みなさいと。確かに酒なら構わないだろう。誰も悩ませることがないから。そして答えが出せないまま、あたしは今日もグラスを傾ける。

夫の休職

夫は不安障害と診断されている。当初一ヶ月半の休職だったのだが、やはりというかなんというか、二ヶ月延びた。薬や睡眠も安定していなかったし、予想していた事態ではある。
当面の悩みは金銭面。母が祖父母からの財産を相続したお陰で、私の両親は金銭的な余裕がある。困ったらいつでも言って、と言われていたが、頼るべき時が来たようだ。
本音を言うと、すぐに働いて欲しい。しかし、私が休職していた時も文句ひとつ言わなかった夫だ。そんなこと言えるはずがない。朝起きて支度をしている時、グーグー寝ている夫に軽く怒りを覚えるが、仕方がない。けれど、いつか爆発してしまいそうだ。

新しい上司

久しぶりの更新である。
あたしの職場では、七月に異動があるのだが、上司が変わることになり、不安と期待が入り交じりながら新しい上司を迎えた。
上司は女性で、既婚で三人の子持ち。子供ができると出世を拒む風潮にあるうちの職場では、かなりのやり手と見受けられた。実際、物凄くサバサバとしたパワフルな方であり、異動初日に行われた飲み会ではすっかり圧倒されてしまった。
新体制では、私の受け持つ仕事は大きく変わった。慣れない上司、慣れない仕事。異動があってから数日は、帰宅するとぐったりしてしまい、夫にも心配された。
しかし、一週間経ってみて、上司がとても人使いの上手い人だと実感した。叱るときは、根拠を示し、はっきりとした理由を伝えてくれる。褒めるときは、どんな些細なことでもしっかり労ってくれる。あたしはぐっと心を掴まれてしまい、一気に警戒心がほぐれてしまった。偏屈だったり意地悪だったりする上司が多い我が職場で、こんな方と巡り会えるなんて、つくづくあたしは人に恵まれている。
さて、当面の心配事は、不安障害とうつ状態で休職している夫のことである。睡眠薬を処方されているが、ほとんど眠れず、昼夜逆転してしまっている。ひとまず今月いっぱいまで休職ということになっているが、復帰はまだ遠いだろう。そうすると振りかかってくるのは、金銭面での不安である。夫の会社では休職中の給料は出ない。あたしの親に援助してもらおうと考えているのだが、夫は打ち明けるのがこわいらしく、まだ休職のことを親には言えていない。いよいよとなったときまで保留したいのだという。
そんな夫に反感はあるが、まずは自分の体調。あたしまでまた休職してしまうと元も子もない。生理日の前に体調を崩すというのはわかったので、そのタイミングで休暇を入れ、上手くコントロールしていきたい。

復職一ヶ月

もうすぐ復職して一ヶ月になる。今、勤務は15時まで。家に真っ直ぐ帰ると16時。家事をしたりゲームをしたり、たまに昼寝をしたりして過ごす。夫が帰ってきて夕飯。お風呂。ペットに餌やりして就寝。そんな毎日だ。
そういえば、このブログでは薬について触れたことがないように思う。私が今飲んでいるのは、リーマスエビリファイ、ラミクタール、ジプレキサ。最近増えたジプレキサのせいか、過食嘔吐がひどい。それを昨日の診療で必死に訴えたところ、一錠が半錠になった。本当は飲みたくないのだが、効果が出ているのも確かなので、今のところは食欲を抑えるよう工夫するしかない。それと、妊娠を望んでいるので、リーマスもやめたいところ。まずは復職が第一なのでH先生には話していないけど、そろそろ言ってみてもいいかなと思っている。
さて、この記事だが、懇親会までの暇潰しにカフェで書いている。今日の集まりは、新入社員時代に世話になった上司が来られるので、どうしても外せなかった。絶対出席しろよと同期に圧力をかけられたせいもある。場所が遠いので、帰宅して寝る頃には日付が変わっているだろう。
明日の仕事のことを考えると今から憂鬱。といっても、本格的な鬱ではない。もしそうだったら、ベランダから外を見つめているからね。だから、普通の会社員が普通に感じる憂鬱さだと思っている。みんな、会社になんて行きたくないのさ。自分のために、家族のために、職場を利用しているだけ。そう考えると楽だ。少なくともあたしは。

ユキヒロさん

あたしには入社当初、非常に世話になった先輩がいる。ユキヒロさんは三人の子持ちで、あたしとは親子ほどは離れていないけれど、まるで子供のように可愛がってくれた。仕事でキツいことも言ってくれて、とても勉強になった。
そんなユキヒロさんが脳腫瘍で倒れたのは、あたしが同じ支社の違う部署に異動してから。元々身体の調子が悪いと聞いていたが、まさかそんな重症だったなんて。それを悲しんだあたしだったが、自分まで病気になってしまって、それどころではなくなった。しかし、たまにラインをして近況を報告しあっていた。同じ休職者。共有できる想いは山ほどある。
復職して六日目の今日。ユキヒロさんは面談で会社にきていた。他の先輩がそのことをいち早く伝えてくれた。久しぶりにお会いしたユキヒロさんは、あたしの記憶よりかなり痩せていた。酒もタバコもやめてん、脳に穴が空いてて、もう治らんらしいわ、と。あたしは泣きそうになったが、ここで泣いては大事な先輩を心配させてしまう。あたしは終始笑顔で振る舞った。
ユキヒロさんは帰ってからラインをくれた。あたしの顔を見て、元気になったと言ってくれた。きっと、あたし以上に働けないことの辛さや悔しさがあるに違いない。それでもそう言ってくれることが嬉しかった。
6月になったら。当時のメンバーで集まろう、という企画があるらしい。あたしもユキヒロさんも行けるかはまだわからない。師弟揃って病気になって、そのことを考えると本当にいたたまれない。どうか無事に集まれますように。そんな願いを持ちながら、あたしもリハビリ出勤を頑張ってみせるつもりだ。

復職しました

五ヶ月ぶりの出勤。今は五日目。診療待ちにこのブログを書いている。
思ったことは、「想定通りしんどい」。電話を取れば失敗するし、人間関係の渦に巻き込まれるし。マイペースに行こうと思っていても、中々そうはいかないものである。
集中力はガタ落ち。マニュアルが読めない。理解する以前に文書が読めない。書類も、何度も読み直しているはずなのに、些細なところで書き間違う。それで幾度も手直しをされて、落ち込む。
精神疾患になった人にありがちな性格として、「周りを頼れず自分だけで何とかしてしまおうとする」と本か何かで読んだ。あたしもばっちり当てはまる。分からないところを聞くのがこわい。またかよ、もう社会人何年目だよ、と思われそうで。
もう開き直るしかないのだ。ブランク以上にあたしの能力は落ちている。新入社員並みだ。今までの知識や勘は簡単には取り戻せない。対外的に迷惑をかけないように、周囲に頼っていくしかない。
でも、良いことが無かったわけでもない。あたしの復職を喜んでくれた同僚もいるし、ランチに連れていってくれた先輩もいる。会社に全く居場所がないわけではないんだ。それを常に感じられたら、もう少し楽になれると思う。

祖父の葬儀

母方の祖父が亡くなった。祖母が亡くなってから五ヶ月、後を追うようにして、である。要介護認定もされていたし、寂しい独り暮らしを続けるよりは、早く嫁さんの所へ行けて良かったんちゃうか、とは親戚たちの弁。まあ、あたしもそう思う。
心配なのは、両親を立て続けに亡くした母のことであるが、今はまだ手続きでバタバタしているせいもあって、そこまで気落ちしていないらしい。しかし、家主がいなくなった家は悲しいもので、ここで皆で暮らしていたのに、と母は寂しそうであった。
葬儀は家族葬。だだっ広い控え室に人が数人である。苦しまずに逝った祖父はとても穏やかで、阪神タイガースのキャップをかぶった遺影と同じ顔であった。じいちゃん、あんたの多分唯一の孫が来てやったぞ、と心の中で声をかける。多分、というのは、祖父が遊び好きだったのを知っているからである。それで祖母と何度も大喧嘩したらしい。向こうに行っても同じことをするのだろうか。
棺に詰め込んだのは、餅、カレー、様々な和菓子。ほとんどが食べ物だ。最後に酒を唇に湿らせてやる。あたしは祖父と酒を飲んだことがほとんどない。あたしの結婚式のときくらいだったのではないか。そこまで思い出して、じいちゃん、結婚式来てくれてありがとう、とあたしが言うと、ただでさえ涙を目にためている母が号泣する。あたしは母の背中をさする。
祖父の骨はとても綺麗だった。喉仏もほぼ残っていた。骨壷を抱いた伯母が、これあったかい、焼きたてホヤホヤやもんな、とか何とか言ってあたしたちは笑った。葬儀のときというのはどれだけ下らないことでも笑えるものである。
夕飯は、祖父母が好きだった洋食屋へ行った。あたしはハンバーグ。ヒレカツを頼んだ母は、多いと言って二切れもあたしの皿によこした。父がやたら饒舌なので、母は父も躁鬱なのではないかと疑っていた(今のところ、通常のうつとの診断である)。葬儀のときは誰でもそうなるらしいよ、とあたしは母をなだめたが、実のところ、あたしも同感であった。両親が死に、夫と娘は精神病、自分は癌。母も散々である。
両親はそのまま祖父母の家に泊まるということで、あたしは一人駅へと向かった。その途中、ずっと吸えていなかったタバコに火をつけた。あたしが死んだら、これを棺に入れてもらおう。大丈夫、銘柄ならあいつが知っている。まあ、今は復職に燃えているから、当分死ぬ予定は無いけどね。