sakiblog

双極性障害Ⅱ型。只今リハビリ出勤中。まずはカテゴリから「双極性障害と診断されるまで」を読まれることをおすすめします。

復職一ヶ月

もうすぐ復職して一ヶ月になる。今、勤務は15時まで。家に真っ直ぐ帰ると16時。家事をしたりゲームをしたり、たまに昼寝をしたりして過ごす。夫が帰ってきて夕飯。お風呂。ペットに餌やりして就寝。そんな毎日だ。
そういえば、このブログでは薬について触れたことがないように思う。私が今飲んでいるのは、リーマスエビリファイ、ラミクタール、ジプレキサ。最近増えたジプレキサのせいか、過食嘔吐がひどい。それを昨日の診療で必死に訴えたところ、一錠が半錠になった。本当は飲みたくないのだが、効果が出ているのも確かなので、今のところは食欲を抑えるよう工夫するしかない。それと、妊娠を望んでいるので、リーマスもやめたいところ。まずは復職が第一なのでH先生には話していないけど、そろそろ言ってみてもいいかなと思っている。
さて、この記事だが、懇親会までの暇潰しにカフェで書いている。今日の集まりは、新入社員時代に世話になった上司が来られるので、どうしても外せなかった。絶対出席しろよと同期に圧力をかけられたせいもある。場所が遠いので、帰宅して寝る頃には日付が変わっているだろう。
明日の仕事のことを考えると今から憂鬱。といっても、本格的な鬱ではない。もしそうだったら、ベランダから外を見つめているからね。だから、普通の会社員が普通に感じる憂鬱さだと思っている。みんな、会社になんて行きたくないのさ。自分のために、家族のために、職場を利用しているだけ。そう考えると楽だ。少なくともあたしは。

ユキヒロさん

あたしには入社当初、非常に世話になった先輩がいる。ユキヒロさんは三人の子持ちで、あたしとは親子ほどは離れていないけれど、まるで子供のように可愛がってくれた。仕事でキツいことも言ってくれて、とても勉強になった。
そんなユキヒロさんが脳腫瘍で倒れたのは、あたしが同じ支社の違う部署に異動してから。元々身体の調子が悪いと聞いていたが、まさかそんな重症だったなんて。それを悲しんだあたしだったが、自分まで病気になってしまって、それどころではなくなった。しかし、たまにラインをして近況を報告しあっていた。同じ休職者。共有できる想いは山ほどある。
復職して六日目の今日。ユキヒロさんは面談で会社にきていた。他の先輩がそのことをいち早く伝えてくれた。久しぶりにお会いしたユキヒロさんは、あたしの記憶よりかなり痩せていた。酒もタバコもやめてん、脳に穴が空いてて、もう治らんらしいわ、と。あたしは泣きそうになったが、ここで泣いては大事な先輩を心配させてしまう。あたしは終始笑顔で振る舞った。
ユキヒロさんは帰ってからラインをくれた。あたしの顔を見て、元気になったと言ってくれた。きっと、あたし以上に働けないことの辛さや悔しさがあるに違いない。それでもそう言ってくれることが嬉しかった。
6月になったら。当時のメンバーで集まろう、という企画があるらしい。あたしもユキヒロさんも行けるかはまだわからない。師弟揃って病気になって、そのことを考えると本当にいたたまれない。どうか無事に集まれますように。そんな願いを持ちながら、あたしもリハビリ出勤を頑張ってみせるつもりだ。

復職しました

五ヶ月ぶりの出勤。今は五日目。診療待ちにこのブログを書いている。
思ったことは、「想定通りしんどい」。電話を取れば失敗するし、人間関係の渦に巻き込まれるし。マイペースに行こうと思っていても、中々そうはいかないものである。
集中力はガタ落ち。マニュアルが読めない。理解する以前に文書が読めない。書類も、何度も読み直しているはずなのに、些細なところで書き間違う。それで幾度も手直しをされて、落ち込む。
精神疾患になった人にありがちな性格として、「周りを頼れず自分だけで何とかしてしまおうとする」と本か何かで読んだ。あたしもばっちり当てはまる。分からないところを聞くのがこわい。またかよ、もう社会人何年目だよ、と思われそうで。
もう開き直るしかないのだ。ブランク以上にあたしの能力は落ちている。新入社員並みだ。今までの知識や勘は簡単には取り戻せない。対外的に迷惑をかけないように、周囲に頼っていくしかない。
でも、良いことが無かったわけでもない。あたしの復職を喜んでくれた同僚もいるし、ランチに連れていってくれた先輩もいる。会社に全く居場所がないわけではないんだ。それを常に感じられたら、もう少し楽になれると思う。

祖父の葬儀

母方の祖父が亡くなった。祖母が亡くなってから五ヶ月、後を追うようにして、である。要介護認定もされていたし、寂しい独り暮らしを続けるよりは、早く嫁さんの所へ行けて良かったんちゃうか、とは親戚たちの弁。まあ、あたしもそう思う。
心配なのは、両親を立て続けに亡くした母のことであるが、今はまだ手続きでバタバタしているせいもあって、そこまで気落ちしていないらしい。しかし、家主がいなくなった家は悲しいもので、ここで皆で暮らしていたのに、と母は寂しそうであった。
葬儀は家族葬。だだっ広い控え室に人が数人である。苦しまずに逝った祖父はとても穏やかで、阪神タイガースのキャップをかぶった遺影と同じ顔であった。じいちゃん、あんたの多分唯一の孫が来てやったぞ、と心の中で声をかける。多分、というのは、祖父が遊び好きだったのを知っているからである。それで祖母と何度も大喧嘩したらしい。向こうに行っても同じことをするのだろうか。
棺に詰め込んだのは、餅、カレー、様々な和菓子。ほとんどが食べ物だ。最後に酒を唇に湿らせてやる。あたしは祖父と酒を飲んだことがほとんどない。あたしの結婚式のときくらいだったのではないか。そこまで思い出して、じいちゃん、結婚式来てくれてありがとう、とあたしが言うと、ただでさえ涙を目にためている母が号泣する。あたしは母の背中をさする。
祖父の骨はとても綺麗だった。喉仏もほぼ残っていた。骨壷を抱いた伯母が、これあったかい、焼きたてホヤホヤやもんな、とか何とか言ってあたしたちは笑った。葬儀のときというのはどれだけ下らないことでも笑えるものである。
夕飯は、祖父母が好きだった洋食屋へ行った。あたしはハンバーグ。ヒレカツを頼んだ母は、多いと言って二切れもあたしの皿によこした。父がやたら饒舌なので、母は父も躁鬱なのではないかと疑っていた(今のところ、通常のうつとの診断である)。葬儀のときは誰でもそうなるらしいよ、とあたしは母をなだめたが、実のところ、あたしも同感であった。両親が死に、夫と娘は精神病、自分は癌。母も散々である。
両親はそのまま祖父母の家に泊まるということで、あたしは一人駅へと向かった。その途中、ずっと吸えていなかったタバコに火をつけた。あたしが死んだら、これを棺に入れてもらおう。大丈夫、銘柄ならあいつが知っている。まあ、今は復職に燃えているから、当分死ぬ予定は無いけどね。

産業医面談

ドトールを出て診療所に向かった。名前を告げると待ち合い席に座るよう言われる。程なくして上司がやってきて、しばらく課内の様子を聞く。年度末なので多忙を極めているらしい。そんな中、来てくださったことに礼を言う。
呼ばれたので行ってみると、また待ち合い席。 ここでの待ち時間が長かった。上司とはお互い写メを見せながら、こんなことがあったと近況報告。なぜか上司のフォルダには真っ暗な画像が多い。きっと勝手に撮影してしまっているのだろう。
ようやく呼ばれて部屋に入ってみると、産業医の他に三人の職員さんが居て、あたしはビビる。主治医のところは小さな規模だから、こんなに何人もに取り囲まれて、あたしの言うことのメモを取られる経験は無い。それだけでげんなりしたが、話すしかない。
産業医からは、躁状態になるとどうなるのかと聞かれた。しかし、あたしにもよく判っていない。おそらくあたしはⅡ型だから、躁状態になった自覚があまりないのだ。それでもしつこく聞かれる。買い物したくなったりしますかね、と適当に答える。それと、鬱の波について聞かれたが、これも大体である。
白衣を着た職員さんから、リハビリ出勤についての説明を受ける。活動記録書の記入について言い渡される。うわあ、面倒、と正直思ってしまったのだが、仕方ない。あと、リハビリ出勤中は交通費が出ないということも。これも仕方ない。それに、来客対応はしてもいいが揉めたら即上司が出てくるようにと。あまり接客はするなということだ。仕方のないことばかり。
三十分ほどかけて面談は終わり、あたしはすっかり疲れてしまった。課長、一服しましょうと言って喫煙所に連れていってもらう。上司からは、しばらく書類の整理をしてもらうつもりだと言われる。まあ、数ヶ月現場に居なかったんだ、そういう作業が有難い。この機会に内部事務のプロになるのも悪くないだろう。
はっきり言って、あの場に慣れることは時間がかかりそうなので、できることなら面談は遠慮したいのだが、そうもいかない。次の日程は決まっている。頑張るしかない。せっかく恵まれた環境にいるのだもの。

暇つぶしのとりとめもない文章

産業医との面談のため、会社の診療所の近くまで来ている。家にいるのもそわそわ、どうにも落ち着かなかったし、久しぶりの本店で道順が不安だったから一時間前に到着。案の定、乗り換えに迷ったのでこれで良かった。
うちの会社は大きい。それだけに、精神病になる人が多く、制度も整っている。こんな会社に入れたのは運としか言いようがないけれど、回り回ってプラスに働いたのだから好都合だ。こんな恵まれた環境は他にないと思っている。
上司も理解のある人だ。出会った直後は苦手だったけどね。太いお腹を揺らしながら、あたしの話をちゃんと聞いてくれる。先輩や後輩にしたってそうだ。特に可愛い後輩は、あたしが病気になろうがどうなろうが、変わらず慕ってくれている。だから、復職しても環境に不安はない。
ただ、体力と気力が着いていくか不安だ。まさに自分自身との戦いになるだろう。そのため、今の時期は積極的に外出するよう医師から言われている。朝は夫と一緒に駅まで行って、朝の散歩、ちょっと一服。それから、ジムに行きたいところなのだが、ここ一ヶ月ほど行けていない。会費が勿体ないので行きたいのだが。
ところで、産業医はどんな人なのだろう。主治医のH先生との相性がいいだけに、緊張する。上司も一緒だから、そこはいいのだけれど、誰であれ初めての人に精神的なことを言うのはこわいよね。
頑張ってきます。

活字嫌いの夫と精神病ブログについて

 私は活字を書くのも読むのも好きだ。でないとブログや小説なんてやっていない。最近本屋に行くことは少なくなったが、大学時代にバカみたいに集めた海外SFの文庫本を、今でも手に取ることがある。

 しかし、私の夫は活字がダメである。

 その理由はいくつかあって、一つは幼少時代から活字を読む習慣がなかったこと。本好きの義母から生まれたはずなのに、どうしてなんだと突っ込みたくなったが、まあそんなものなのだろう。おそらく生来、活字を好まなかったのだ。

 もう一つは、仕事で大量の字を読んで仕分ける作業があり、疲れているということ。近頃は漫画も辛いらしく、いっときはスマホアプリで熱心に漫画を読んでいたが、それもやめてしまった。

 最後は、他に趣味がいくらでもあるということ。ガンプラにF1にゲームにアクアリウムにと、枚挙にいとまがない。それだけの趣味を、余暇の時間で消化するのはまず無理で、夫の部屋は俗に積みと呼ばれるガンプラの箱で満杯になっている。

 夫は言う。活字は疲れるから、映像化してほしい、と。それは決して、あの作品が映像化されたらいいのに、という積極的なものではなく、面倒だから映像で見たいという消極的なものである。だから出版業界がピンチで、だから何々の実写化が多いんじゃない、とあたしが言うと、世の流れには逆らえないよね、ということだった。

 配偶者がこんななので、活字を読みたくない人の気持ちは重々理解したつもりなのだが、物書きでもあるあたしとしては、もっと活字読んでよ!と言いたくなる。私が投稿している小説サイトは基本アマチュアさんの集まりだが、そういった作品もけっこう面白い。そこからデビューしてアニメ化された作品も多く存在する。しかし、夫婦間といえどもこれは互いの趣味の話。押し付け合うことは無作法である。実際、自分の書いたものを夫に読ませたことはない。それは、読ませるのが恥ずかしいという理由もあるのだが。

 何を言いたかったのか忘れてしまった。そう、活字と、それに――精神病ブログの話だ。

 活字離れについては、散々色んな論者さんが声高に述べられているので、わざわざこんなあたしがその対応策について考えることはしない。ただ、願うのだ。活字を読む人が増えることで、精神病についての理解が深まることを。

 昨今、精神病を抱えた方がブログを書くケースが増えてきた。我々精神病者が、最も簡易に、最も確実に、思いを伝えられる手段だからだろう。あたしもツイッターを通じて、何人かのブロガーさんとも巡り合えた。しかしそれは、元々活字を読む人間だったからこそ辿り着いたのだ。活字を読まない人は、そんなブログの存在すら知らないかもしれない。それはとても、悲しいことである。

 今、このブログを読んでいるあなたは、好きか嫌いかは別にして、活字を読む習慣がある方だと思っている。なので、活字を読まない方に、そっと伝えて欲しい。「精神病者の人のブログってけっこうあるんだよ」と。その存在だけで良い。実際に読まれなくても良い。我々がこういった活動をしていることを、多くの人に知ってもらいたい。